大判例

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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)201号 判決

控訴人

宮本茂樹

右訴訟代理人

毛利宏一

被控訴人

大竹久太郎

右訴訟代理人

山本穫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴人は、「原判決中、被控訴人に関する部分を取消す。二被控訴人は、控訴人に対し金一三〇万六八六三円及びこれに対する昭和四七年一〇月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被控訴人は、主文両旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一、控訴人の請求原因

(一)1  訴外株式会社拓友クラブ(以下、「拓友クラブ」という。)は、昭和四四年八月頃訴外渡辺学(以下、「渡辺」という。)を雇用したが、その際被控訴人は、拓友クラブとの間で、渡辺が故意又は過失によつて拓友クラブに金銭上の損害を被らせたときは、被控訴人は、渡辺と連帯して右損害を賠償する旨の身元保証契約(以下、これを「本件身元保証契約」という。)を締結した。

2  本件身元保証契約には、次のような約定があつた。

(1) 保証期間は、満三年とする。

(2) 被控訴人は、被控訴人が保証期間満了の三ケ月前までに、拓友クラブに対して書面で契約を更新しない旨の申出をしなかつたときは、本件契約は、期間満了の日から引続き三年間同一条件で、更新することを認諾する(以下、これを「本件更新予約の特約」という。)。

(二)  被控訴人は、本件身元保証契約の期間満了の三ケ月前までに、拓友クラブに対し書面でこれを更新しない旨の申出をしなかつた。

よつて本件身元保証契約は本件更新予約特約により昭和四七年八月頃さらに期間を三年として更新された。仮りに然らずとしても、身元保証法第二条一項の趣旨に鑑み、少くとも期間を二年(通算五年)として更新されたものというべきである。

(三)  渡辺は、昭和四七年一〇月一八日に、拓友クラブの営業員として顧客たる訴外三木某から土地売買の手付金として受取り保管していた現金一三〇万六八六三円を横領し、同額の損害を拓友クラブに被らせた。

よつて、拓友クラブは、本件身元保証契約に基づき、被控訴人に対して金一三〇万六八六三円の損害賠償請求権を取得した。

(四)  控訴人は、昭和四九年一二月二〇日拓友クラブから、同社の被控訴人に対する前示損害賠償請求権を譲受け、拓友クラブは、同年一二月二二日に被控訴人に到達の内容証明郵便で被控訴人に対し右債権譲渡を通知した。

(五)  よつて控訴人は被控訴人に対し右譲受債権金一三〇万六八六三円及びこれに対する前示横領がなされた昭和四七年一〇月一八日から支払ずみに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被控訴人の認否

(一)1  請求原因(一)の1の事実は認める。

2  請求原因(一)の2の事実中(1)は認めるが(2)は否認する。仮に右事実が認められるとしても、身元保証に関する法律第二条二項にいう更新は、弱者たる身元保証人保護の同法立法の趣旨に鑑み、期間満了の際になされる更新に限られるものと解すべきであつて、控訴人主張の本件更新予約特約による更新の如きは、同法上許されないから本件更新予約特約は、同法第六条により無効なものである。

(二)  請求原因(二)の後段は、否認する。

(三)  請求原因(三)の事実は否認する。仮に、渡辺に、控訴人主張のような横領の事実があつたとしても、それは本件身元保証契約所定の身元保証期間の経過後になされたものであるから、それによつて被控訴人が損害賠償責任を負ういわれはない。

(四)  請求原因(四)の事実中、控訴人主張の債権譲渡の通知がその主張の日に拓友クラブから被控訴人に対してなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五)  請求原因(五)は争う。

三、被控訴人の抗弁

仮に、本件身元保証契約の存続期間中に、渡辺が控訴人主張の横領をしたとしても、次のような事情があるから、被控訴人の責任及びその金額を定めるにつきこれを斟酌すべきである。

1  被控訴人は、以前夕張市に居住していた頃、渡辺が近くに居住していたことから、同人と知合になつたに過ぎない。被控訴人は、渡辺に頼まれ、知人としての情誼から断り切れず、不用意に身元保証人となつたものである。しかも被控訴人は渡辺が拓友クラブに就職した後は、同人とあまり交際がなく、同人の拓友クラブにおける職務内容に通じていなかつたので、被控訴人が渡辺を監督することは事実上不可能であつた。

2  渡辺は、昭和四四年夏頃拓友クラブに平社員として就職したが、約半年後には管理課長になり、昭和四六年秋頃には管理部長になり、営業全般の管理を担当するようになつた。

3  渡辺は、控訴人主張の横領をなす前にも何回か土地代金を使込んでいたようである。しからば、拓友クラブとしては渡辺に対する監督指導を強化すべきであり、そうすることにより容易に本件横領を防止し得たのに、それをしないばかりか前記のように課長、部長に昇進させ、より重要な任務につかせていた。従つて拓友クラブには渡辺の監督につき重大な過失があつた。

4  拓友クラブは、渡辺についての2の任務の変化、3の不適任又は不誠実の事跡につき身元保証人である被控訴人に通知をしなかつた。

四、抗弁に対する控訴人の認否

被控訴人主張の1の事実は不知、2の事実は認める、3の事実中、渡辺が本件横領をなす以前にも何回か顧客から受領の土地代金を使い込んだことは認めるがその余は否認する、4の事実中、拓友クラブが被控訴人に対して控訴人主張のような通知しなかつたことは認めるが、その余は否認する。

渡辺は、拓友クラブの不動産の仲介斡旋のセールスマン即ち営業員として雇用された者であり、その後課長職、部長職になつたが、依然として右営業活動を行つていたものである。本件横領は渡辺が一営業員として顧客三木に対する土地売買の仲介斡旋を行つた際に、その手付金を横領したものであつて、課長職、部長職とは何ら関係ないものである。拓友クラブにおける営業員による不動産の売買等の仲介斡旋の業務は会社外部において行われるのが通例であつたので、拓友クラブとしては営業員に横領の事実があつてもこれを発見することは困難な状況にあつた。そのため拓友クラブとしては、本件横領がなされるまで、それ以前になされた渡辺の土地代金使い込みの事実を発見することができなかたものであり、従つて渡辺の不適正、不誠実の事実を被控訴人に事前に通知することはできなかつたものである。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一訴外株式会社拓友クラブ(以下、「拓友クラブ」という。)が昭和四四年八月頃訴外渡辺学(以下、「渡辺」という。)を雇用したこと、その際、被控訴人が拓友クラブとの間で渡辺のための身元保証契約即ち本件身元保証契約を締結したこと、保証期間は満三年と約定されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件身元保証契約には、被控訴人は、被控訴人が満三年の保証期間満了の三ケ月前までに、拓友クラブに対して書面で契約を更新しない旨の申出をしなかつたときは、本件契約は期間満了の日から引続き三年間同一条件で更新をすることを認諾する旨の特約(以下、これを「本件更新予約の特約」という)があつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。而して右認定の事実によれば、右特約は、被控訴人が拓友クラブに対して所定の方法によつて所定の意思表示をしない限り、本件身元保証契約がその前示存続期間満了のときから、更に期間を三年として、自動的に更新される趣旨でなされたものと認められる。

二ところで被控訴人は、身元保証ニ関スル法律(以下「身元保証法」という。)第二条二項にいう更新は、同法立法の趣旨に鑑み、期間満了の際になされる更新に限られるものと解すべきであつて、本件更新予約特約による更新の如きは、同法上許されないところであるから、本件更新予約特約は、同法第六条によつて無効である、と主張する。

よつて、案ずるに、身元保証法は、使用者に対し事実上、経済上の弱者である被用者のため身元保証人となる者が多くの場合、被用者との情誼的関係から、無償で、時として軽卒に、使用者間の言うままの条項に従つて身元保証契約を結び、その結果広汎にして且つ重大な責任を負う羽目に陥る事例が少くないという経験的、社会的事実に鑑み、身元保証人を保護することを目的として立法されたものであつて、このことは商法各本条の規定内容に徴しても明白である。従つて同法の規定上の文言を解釈するには、叙上の同法の立法趣旨に鑑み、出来るだけこれに添うようにしなければならない。ところで同法第一条は、身元保証契約においてその期間を定めなかつた場合のその存続期間を決定したものであり、同法第二条一項は、身元保証契約においてその期間を約定する場合につき、その長期を五年に限定したものであり、いずれも身元保証人保護の目的に出たものであることはいうまでもない。而して同法第二条二項本文は、身元保証契約は之を更新することができる旨を規定しているが、これは、身元保証契約の存続期間が満了する際に、使用者において、その義務の性質上、使用者を引き続き雇用していくについては、なお身元保証契約を存続させる必要があると考えてそれを望み、身元保証人としても、それに異議がないという場合もあり得るので、かかる場合は、当事者の合意によつて身元保証契約を更新できることにしても身元保証人の保護に欠けることはないとの考慮によつたもの解せられ、このことは、同法立法の際の第六四回帝国議会行政執行法中改正法律案外七件委員会における審議の経過(西村信雄身元保証の研究一〇一頁、一〇六頁参照)に照らしても、ゆうにこれを察知することができる。他方、身元保証契約における更新予約の可否について考えるてみるに、身元保証契約の期間満了時に当然に更新の効力が生ずるものとする更新予約の特約の如きは、同法第二条一項の趣旨を無視した脱法的特約であるから、許されないものであるこというまでもないが、本件更新予約の特約のように、期間満了の三ケ月前までに(「期間満了前に」若しくは「期間満了に際し」であつても同様)、身元保証人が更新しない旨の意思表示をしなかつたときは、期間満了と同時に当然に更新の効力が生ずるという趣旨の自動更新特約も、身元保証人にとつて甚だ不利なものである。蓋し、かかる自動更新特約のもとにおいては、身元保証人としては、期間の満了する時期ないしその三ケ月前がいつかを失念して、使用者に対して、適時に更新しない旨の意思表示をする機会を失つてしまう危険があり、また本人に対する影響を考えて更新しない旨の意思表示をするのを躊躇することも考えられないではなく、更にまた、かかる自動更新特約がないとすれば使用者から被用者の勤務状況その他諸般の事情の説明を受けた上で自由な意思で、使用者の更新申込を承諾すべきか否かを決断できるという身元保証人の事実上の利益が失われてしまうからである。従つて、右のような自動更新特約を是認することは身元保証人の保護に欠けることになるものといわざるを得ない。叙上考察したところによれば、同法第二条二項本文にいう更新とは、身元保証契約の期間満了の際になされるその更新のみをいうものと解するのが相当であつて、更新予約はこれに含まれないものというべく、従つて、右本文の反対解釈として身元保証契約において本件更新予約の特約のような約定をすることは、同法上許されないところといわざるを得ない。

而して本件更新予約の特約が身元保証人である被控訴人にとつて不利益なものであることは叙上の説示によつて明らかであるから、本件更新予約の特約は、身元保証法第六条により無効なものと言わざるを得ず、従つて被控訴人の前主記主張はこれを肯認することができる。なお、この点に関し、控訴人は、身元保証法第二条一項の趣旨に鑑み、本件身元保証契約は、当初の所定存続期間三年満了のときから少くとも期間を二年(右契約締結の当初から通算して五年)として更新されたものというべきである旨主張し、これは一応傾聴に値する見解の如くではあるが、結局のところ、当裁判所としてはこれを採用し得ないものと思料する。

三前判示の事実関係によれば、本件身元保証契約は、昭和四七年八月頃、三年の約定期間満了によつて終了したものといわなければならないが、控訴人の主張によれば、拓友クラブの被用者渡辺が控訴人主張の保管現金の横領をしたのは昭和四七年一〇月一八日であるというのであるから、それは本件身元保証契約の終了した後のことであることが主張自体から明らかである。従つて仮令渡辺に右横領の事実があつたとしても、それによつて拓友クラブに生じた損害につき、被控訴人が責任を負ういわれはないものといわなければならない。従つてこれと反対の前提に立つ控訴人の本訴請求は、爾余の判断をなすまでもなく理由がないから、これを失当として棄却すべきものである。

四よつて右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条一項に則り本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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